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熊本地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決 1993年10月25日

原告

甲野A子

甲野B二

右両名法定代理人親権者父

甲野C夫

同母

甲野D子

原告

乙川E男

右原告ら訴訟代理人弁護士

高橋庸尚

青山吉伸

被告

波野村長

楢木野惟幸

右訴訟代理人弁護士

河津和明

斉藤修

原田信輔

福山富士男

主文

一  原告らの主位的訴えを却下する。

二  被告が、原告甲野A子に対し平成三年六月七日、原告甲野B二、同乙川E男に対し同月一四日になした各転入届の不受理処分を取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の主旨

1  主位的請求

被告は、原告らが別紙記載の転入届日欄記載の各日になした転入届出に基づく住民票の記載(住民基本台帳への登録)義務があることを確認する。

2  予備的請求

主文二項同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立

(本案前の申立)

1 主文一項同旨

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の申立)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、別紙記載の異動日欄記載の各日に本判決肩書住所地に転入し、別紙記載の転入届日欄記載の各日にそれぞれ被告に対して転入届出をしたが(但し、原告甲野A子、同甲野B二の転入地については、右肩書住所地とすべきところを、届出代理人が波野村大字中江字上大河原五四四番地の二と誤記して転入届出をした)、被告は、別紙記載の不受理通知日欄記載の各日にこれらをいずれも不受理とする処分(以下、一括して「本件不受理処分」という)をした。

2  原告らは、本件不受理処分に対し平成三年八月六日異議申立をしたが、被告は、同年一一月二〇日これを棄却した。

3  原告らは、右棄却決定に対し同年一一月二七日熊本県知事に審査請求をしたが、三か月を経過した現在に至るも右請求に対して何らの決定もなされていない。

4  被告には、転入者から転入届出を受けた場合は、住民基本台帳法五条ないし八条に基づき住民票の記載をする義務があるから、本件不受理処分は違法である。

5  よって、原告らは被告に対し、主位的に、原告らの右転入届に基づく住民票の記載(住民基本台帳への登録)をする義務があることの確認を求めるとともに、予備的に、被告がした本件不受理処分の取消しを求める。

二  本案前の被告の主張(主位的請求の不適法)

1  本件主位的請求は、行政庁に対し、行政処分をすべき義務があることの確認を求めるいわゆる義務確認訴訟であるが、次のとおり、義務確認訴訟なる訴訟形態を認めることは許されないから、不適法である。

(一) 義務確認訴訟は、行政事件訴訟法で予定された抗告訴訟を超えるものであり、これを認める明文の規定もない。

(二) また、行政処分をするか否かは専ら行政庁固有の権限に属するものであるから、義務確認訴訟を認めることは三権分立の原則に反する。

2  仮に義務確認訴訟なる訴訟形態を認めるとしても、法定抗告訴訟に対して補充的地位に立つものであるから、義務確認訴訟が許されるためには、①行政庁の権限、義務が一義的に明白であって、行政庁に一次的判断権を行使させる必要がない場合(一義的明白性)、②救済の必要性が顕著である場合(緊急性)、③法定抗告訴訟によっては救済できない場合(補充性)等の厳しい要件が要求されるところ、本件の場合は、次のとおり、これらの要件を欠いているから、義務確認訴訟が許される場合に当たらず、不適法である。

(一) 被告が原告らの転入届の受理・不受理を決定するにあたっては、原告らの住所が当該届出地にあるか否か、あるいは当該届出地を住所と認めることができるか否かを含め、住所の認定に関する調査をすることができるのであり、仮に訴訟において不受理処分の取消の判決がなされたとしても、不受理処分の理由となった以外の事項についてさらに調査したうえ処分することが必要な場合もあるから、被告の義務が一義的に明白であるとはいえず、①の要件を欠く。

(二) 仮に被告の不受理処分が違法であれば、原告らは法定抗告訴訟たる取消訴訟により十分救済できるから、右③の要件も欠く。

三  本案前の主張に対する原告らの反論(主位的請求の適法性)

取消訴訟のみでは行政からの国民の救済手段としては不十分であり、義務確認訴訟が許容されるべきであって、その要件として一義的明白性、緊急性、補充性が要求されるとしても、本件訴訟は、次のとおりこれらを具備しているから、原告らの主位的請求は適法である。

1  一義的明白性について

原告らは、本人若しくは代理人が被告の役場窓口を訪れて転入手続を行い、原告乙川E男(以下「原告乙川」という)においては転入届及び転出証明書を提出し、波野村役場担当者が運転免許証により同原告本人であることを確認しており、原告甲野A子及び甲野B二においても転入届、転出証明書及び両親の同意書を提出している。そして、原告らが肩書住所地に生活の本拠を有していることは確かな事実である。住民基本台帳法は、住民票の記載事項の調査については質問と文書の提示による調査を原則としており(三四条三項)、立入り調査は予定していないものである。にもかかわらず、原告甲野A子は平成三年五月二五日付の、原告甲野B二及び同乙川は平成三年六月四日付の「立入調査許可証及び申入書」において最低限度の常識的な条件を付したうえ、被告に対し調査を要請し、さらに原告らは、平成四年七月六日付の「立入調査許可証及び申入書」において全く制約のない任意かつ随時の調査を認めて、調査を要請している。したがって、右調査をせずに原告らの住所が不明確であるとすることは被告の職権濫用として許されない。

転入届を受けて住民票に記載することは、住民基本台帳法一条、三条に照らし、被告の裁量の働く余地のない、一義的に明白な羈束行為であるから、原告らが波野村の住民である以上、被告には、原告らについて住民票の記載をする義務があり、その義務は一義的に明白である。そして、本件においては、転入届不受理という被告の一次的判断権は行使されているから、もはや被告の一次的判断権を顧慮する必要はない。

2  緊急性について

原告らは、住民票に記載されないことによって、原告乙川においては国民の重要な基本的人権である参政権(例えば、選挙権、被選挙権、条例の制定改廃請求権、事務の監査請求権、議会の解散請求権、主要公務員の解職請求権)を行使できないばかりか、原告らにおいては国民健康保険やパスポートの交付等も受けられず、ごみやし尿の回収などの行政サービスも拒絶され(現在は実費によりし尿処理がなされている)、さらに子供が義務教育を受けられないなどの重大な不利益を被っており、緊急に救済される必要がある。

3  補充性について

被告は、原告らの転入届事務に関して、転入届を受理しない方針の下に、「受理」の前段階として「受付」「保留」なる概念を案出し、「受付」しない、「受付」はするが「受理」しない、あるいは「受付」しても「保留」しておくといった変則的対応をし、何とか「受理」まで至らせないようにするという作為的態度をとっており、今後も際限なく不受理処分の理由を持ち出してくることが十分に予想される。

したがって、本件においては、本件不受理処分を取り消したとしても、被告が何らかの処分をしないことあるいは別個の理由による不受理処分をすることが十分に予想されるから、法定抗告訴訟においては、原告らの救済の実効性がない。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実のうち、原告らから別紙記載の転入届日欄記載の各日に、異動日欄記載の各日に波野村に転入したとする転入届出がなされたこと、被告が、不受理通知日欄記載の各日にこれらをいずれも不受理とする処分をしたことは認めるが、その余は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は不知。

4  同4は争う。

五  本案についての被告の主張

被告が本件不受理処分をしたのは、次のような理由によるものであって適法である。

1  転入届に基づき住民票に記載するためには、転入者が転入届記載の住所地に「住所」、すなわち生活の本拠を有していなければならないが、生活の本拠の認定は、居住の意思と居住の事実の総合判断によるところ、原告らは予め任意かつ随時の調査を認めない旨を被告に伝えていたものであり、被告としては、原告らが「住所」とする土地についての原告らの居住実態についての確認が著しく困難な状況にあり、調査によっても容易に生活の本拠を認定することは不可能である。

2  原告らが「住所」とした土地は、原告らが信仰するオウム真理教により、国土利用計画法及び森林法に違反して取得開発され、かつ、森林法に基づく熊本県知事の開発中止命令をも無視して開発が続行された土地であり、このような悪質な違法行為によって開発された土地を「住所」とする原告らの転入届を受理することは、法体系の統一性を害し、その整合性を著しく損なうことになるから、許されない。

六  本案についての被告の主張に対する原告らの認否

被告の主張はいずれも争う。原告らの住所に関する被告の調査が可能であったことは、前記三1に記載のとおりである。

第三  証拠<省略>

理由

第一主位的請求の適法性について

一行政庁に対し一定の作為義務の確認を求めるいわゆる義務確認訴訟は、行政機関に委ねられた判断権を侵害するものであるから、三権分立主義の制度との関係上、現行の行政事件訴訟法のもとにおいては原則的には許されないというべきである。

もっとも、行政事件訴訟法で定める法定抗告訴訟によっては当事者の救済が図られない場合も考えられないではないから、例外的に義務確認訴訟が許される場合もあるとする余地はあるけれども、その場合には、①行政庁が当該処分をすべきこと又はすべきでないことについて法律上羈束されており、自由裁量の余地が残されていないこと(一義的明白性)、②事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること(緊急性)、③他に適切な救済方法がない場合であること(補充性)、の各要件を充足することが必要であると解すべきである。

二これを本件についてみるのに、原告らは、義務確認訴訟によるまでもなく、端的に本件不受理処分の取消しを求める訴訟によって救済を得ることが可能であり、現に原告らは、予備的請求として本件不受理処分の取消しを求めているのであるから、原告らの主位的請求は、少なくとも右一③(補充性)の要件を欠くものとして、不適法といわざるを得ない。

原告らは、取消訴訟では救済の実効性がない旨主張するけれども、取消訴訟の判決において本件不受理処分が取り消された場合には、被告は、判決に拘束され、判決の趣旨に従って改めて原告らのした転入届に対する処分をしなければならない義務を負うのであるから(行政事件訴訟法三三条一項、二項)、原告らの右主張は理由がない。

第二予備的請求について

一原告らが、別紙記載の転入届日欄記載の各日に被告に対して異動日欄記載の各日に波野村に転入したとする転入届を提出したこと、被告が、別紙記載の不受理通知日欄記載の各日にこれらをいずれも不受理とする処分をしたこと、原告らは本件不受理処分に対し、平成三年八月六日異議申立をしたが、被告が同年一一月二〇日これを棄却したことは当事者間に争いがない。

そして、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、原告らが右棄却決定に対し、同年一一月二七日熊本県知事に審査請求をしたこと、三か月を経過した後においても右請求に対し何らの決定もなされなかったことが認められる。

二<書証番号略>、証人吉田久子、同市原新の各証言、原告甲野両名法定代理人甲野C夫及び原告乙川本人各尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告甲野A子(昭和五六年一月一九日生)は平成三年五月一三日、同甲野B二(昭和六二年一月三一日生)は同月二八日にいずれも東京都中野区から熊本県阿蘇郡波野村大字中江字上大河原五四四番地の二に転入したとして、原告甲野A子においては同月一四日、同甲野B二においては同月二八日に、それぞれ転出証明書及び吉田久子を世帯主とする甲野D子の同意書及び川村靖を代理人として転入手続を行う旨記載された代理人選任書並びに転入届を、代理人川村靖を通じて被告に対し提出した。また、原告乙川は平成三年六月一日に名古屋市中区から熊本県阿蘇郡波野村大字中江字上大河原五四五番地の二(以下、右各転入届に記載された転入先を「転入地」という)に転入したとして、同日、転出証明書と転入届を被告に提出し、波野村役場係員に対し本人確認のため自動車運転免許証を提示した。

2  ところで、右転入地並びに熊本県阿蘇郡波野村大字中江字上大河原五四二番、同五四四番一、同五四四番三、同五四六番及び同五四七番の各土地(いずれも登記簿上の地目は原野)は、教団オウム真理教が所有し、転入地のうち五四五番二の土地上に生活棟と称される建物が、五四四番二の土地上に修行棟と称される建物が建築され、原告らは、いずれも平成三年五、六月から現在に至るまで右生活棟を生活の本拠としているものである。本件以前に右五四四番二の土地を住所地として転入届を提出したオウム真理教の信者に対する被告の実態調査が平成二年七月三日、同月六日及び同月一七日に実施された際は、波野村の職員以外の者が同行していること、事前の通知がなかったこと等を理由にいずれも立入調査を拒絶され、調査できずに終わっていた。

3  被告は、原告らの本人確認及び転入届の関係書類の審査を行ったうえ、転入地がオウム真理教の信者が大量に転入してきている土地であり、森林法違反により開発中止命令が出されていたこと等から、実態調査が必要であると判断した。原告らは、転入地に転入してきたオウム真理教の信者の転入届が被告により任意かつ随時の調査ができないとの理由で不受理になっていることを慮り、原告乙川及び同甲野B二については平成三年六月四日付立入調査許可証及び申入書を、原告甲野A子については平成三年五月二五日付立入調査許可証及び申入書をそれぞれ被告に提出し、居住事実の実態調査を求めた。右申入書には、①立入調査を実施する時間帯は村役場の規定の執務時間内とすること、②立入調査にはマスコミ関係者等の調査権限のないものを帯同させないこと、③立入調査を担当する者の数については事前に打合せをすること、④調査立入場所は日常生活の場所に限ること、⑤立入調査当日、たまたま外出、出張等で面接できなかった者について、居住の事実がないといった非常識な判断をしないこと等の条件が付されていた。これに対し被告は、かかる条件付では正確な調査ができないとの理由で調査を行わず、結局調査未了のまま、任意かつ随時の調査ができる状況になく住所の確認ができないとの理由で本件不受理処分をした。

三1  ところで、住民基本台帳法にいう住民の住所とは生活の本拠をいい、住所の認定については、客観的居住の事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定すべきものであるが、市町村長は住民に関する正確な記録を整備すべき責務があり、必要があると認めるときはいつでも居住の実態について調査することができ、また、調査に当たり必要ありと認めるときは、当該吏員をして、関係人に対し質問させ又は文書の提示を求めさせることができる(住民基本台帳法三条、三四条二項、三項)。

2  本件においては、前記認定のとおり、原告らが転入届及び実態調査についての申入書を提出しており、原告らの転入地への居住の意思は認められるものの、前記五四四番二の土地を住所地として転入届を提出したオウム真理教の信者に対する被告の実態調査において立入調査が拒絶され、居住確認ができなかった経緯に鑑みると、被告が客観的居住の事実の実態調査が必要であると判断したことには格別不当な点は認められない。

3  そこで、次に被告が実態調査を行わないまま本件不受理処分をしたことが許されるか否かを検討する。

被告は、前記認定のとおり原告らの申入に条件が付されていることを理由に調査を実施していないのであるが、原告らの提示した前記二3に判示の条件のうち、①についてはかかる時間的制約を設けても正確な調査ができないというものではなく、②については調査を受容する側のプライバシー保護から当然遵守されるべき事項であるし、③については事前に人数を打ち合わせることによって調査日時が特定されるなど格別不都合を生ずるわけではないし、④についても居住の実態調査なのであるから日常生活の場所に限定することに問題はなく、⑤についても当然の要望を述べているに過ぎない。結局、原告らの付した条件が被告の実態調査の正確性を損なうものとは認められないといわざるをえない。

住民票への記載は、選挙、国民健康保険、国民年金、児童手当、就学等住民の重要な権利に関する行政上の事務処理の基礎となるものであるから、被告においては速やかに原告らの申入に基づく実態調査を行うべきであったにもかかわらず、前記条件を付されたことを理由に、右条件の具体化について協議することもせずに漫然と調査を実施せず、原告らの転入届を不受理としたものであり、かかる被告の本件不受理処分は、住民基本台帳法五条ないし八条に定める住民票に住民に関する記載をして住民基本台帳に記録すべき義務に違反する違法なものであるといわねばならない。

4  なお、被告は、転入地が国土利用計画法及び森林法に違反して取得開発され、森林法違反を理由とする開発中止命令が出されていることをも本件不受理処分の理由としているように主張するので、この点につき付言する。

住民基本台帳法に定める住民基本台帳制度は、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うことを目的とするものであるから(同法一条)、同法に定める住所の認定が、転入地が適法な手続によって取得されたか否かあるいは正当な居住権限を有するか否か等によって左右される余地はなく、原告らが現に転入地に居住し転入地を生活の本拠としている以上、被告においてはその余の事情を斟酌することなく転入届を受理すべきものであるから、被告が森林法違反等を理由に原告らの転入届の受理を拒むことは許されない。

四以上によれば、原告らの主位的訴えは不適法であるから却下し、予備的請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官湯地紘一郎 裁判官大原英雄 裁判官小池明善)

別紙<省略>

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